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  • 2016.11.11 Friday
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地上波初公開 マイケル・ジャクソン This Is It

 今年の12月24日は、一人で自宅に帰り、

初の全国ネット放映「This Is It」を見ました。
本編前の特番では、マイケル秘話24連発とかいうのをやっていたが、
ツイッターやmixiボイスのタイムラインは突っ込みで溢れかえりました。
その突っ込みは、本編になっても終わらなかったけど、
テレビは突っ込みを提供するメディアとして必要だなと思った。
本編が始まってふと、
去年10月28日に「This Is It」が公開された時の事を思い出していました。
その日僕は、舞浜のシネマ・イクスピアリにいた。
その時、マイケルのメッセージは、僕にはこう聞こえた。
「みんながリーダーになって、地球に愛をとりもどして欲しい。
そうすれば4年で地球を救えます。」
今までたくさんの夢をくれた。たくさん助けてもらった。
いろんな事を教えてくれた。
人の素晴らしさと醜さを、誰よりもたくさん教えてくれた。
もう、マイケルに甘えることができないんだなと。
染み入るように思いながら、
「みんながリーダーになってほしい」
実際には「This Is It」でマイケルはそんな事言ってませんけど、
今までリーダーシップをとったことがなかった、
僕の思い込みなんですけど、
僕にはそう聞こえた。
何回見に行っても、
そう訴える「アースソング」を聴いて、
僕は床に落ちる涙をとめる事ができませんでした。
_MG_4508.JPG
そんな事を思い出していました。
僕が「ヒストリー・ライブ」
を立ち上げた原点です。
それにしても、X'masイブに、
こんなにたくさんのなかまでTVを見ながらネットで繋がっている。
マイケルは、何というプレゼントをくれたのだろうか。
本当に感謝でいっぱいです。
マイケルのメッセージをフォローしよう。
フォローMJ'sメッセージをオープン化中です(笑)
よいことをしたら、いつでもどこでも、こちらに書き込んでください。
マイケルやもHP



Check


Forever!

Dear Michael

この1年、待望のThis Is Itライブが見れて僕はとても幸せでした。 

実は今、宇宙のどこかで、地球の救い方について話し合っているのですよね。 
そしていつか、帰ってくるのを夢見ています。 
それまで、みんなでよい行いをして待っていますね。

Now I'm very happy to see you again on This Is It live,it was smelly jelly!
I still believe you are travelling in the space to discuss how to save Earth with entities like Jedi.
and I'm dreaming you'll return someday.
So I'll wait for you till the moment,acting to make it a better place,with friends all around the world.
ひょうたん島)ひまわりアップ.JPG






























JUGEMテーマ:音楽

Forever Michael,I'm crazy for you.

Yamo


マイケル・ジャクソン 生誕51年祭(2) 「MJダンパ」 2009年8月29日

8月29日はマイケル・ジャクソンの生誕日。

メモリアルとなる2つのイベントに参加してきました。

午後はMICHAEL JACKSON'S MOONWALKERが主催するファン・イベント、MJダンスパーティー(通称MJダンパ)に参加しました。

MJダンパは2000年に始まって以来、東京(夏)・大阪(春)で年2回開催され、今回18回目を迎える、歴史あるイベントです。

最初は10数人のプチオフ会のような規模に始まったそうですが、昨年は約300人が集まり、今やコアなマイケル・ファンが待ちわびる一大イベントとなっています。

この10年間、このダンパに参加して、マイケルを支えてきたファンは、本物のファンだと思います。
かくいう自分は昨年初参加。その時は開始10分前に到着したら、前に1人しか並んでいませんでしたが今回、

100人スリラーで汗だくになりながら、一緒に参加した人たちとダンパ会場に向うと・・・

入場の列が建物を1周、300人以上が並んでいます。

やっとの事で会場に入ると、すでに前回以上の大盛況。でもまだまだ入場者は続きます。

この1年だけで、100人近いマイケル・ファンとの面識を持ちました。全てはこのイベントからです。
その中でも中心的な方々がスタッフとして、この予想以上の盛況に対応していました。
この人たちだからこそ、成り立っているイベントだとつくづく思います。

オープニング・アクトは、国内No.1のマイケル・ジャクソン・コピー集団、ブルーツ・リーさん率いるmj-spiritsのライブ。
演目は、リメンバー・ザ・タイム。

・・・という事でしたが、残念ながら見れませんでした。

mj-spiritsはこの後、9月22日にThis Is Itツアーを再現(?)したワンマン・ライブを行う予定です。300人分の前売は一瞬でソールド・アウトとなり、その人気ぶりを物語ります。

51の数字が浮かぶ、鮮やかな色彩のバースデー・ケーキ。
O2のリハーサルでの、かげろうのような衣裳のマイケルがデザインされています。

胸が詰まります。

パフォーマンス・タイムでは、歌、踊りを披露する人たちのトリビュートが行われます。
ダンスと歌のバランスがよく、どれもプロ級の腕前。

マン・イン・ザ・ミラーを日本語で歌いつくすハーフの少年。ミスチルみたいな世界観がミックスされて、新鮮な感動を呼びます。この方はいつも発想がユニークです。

ブラック・オア・ホワイトのパンサー・アクションから始まる一人パフォーマンス、この人は観客への見せ方、引き込み方がとてもうまいです。

マイケルに思いを込めたオリジナル・ソングは、女性シンガーの卵が、有名ジャズ・ピアニストがアレンジした伴奏とともに歌い、参加者の感涙を呼んでいました。

”癒し系”を通り越え”眠り系”をキャッチフレーズにする男性シンガー・ソングライター。アコースティック・ギターとともに歌う、ユー・アー・ノット・アローンに会場しんみり。

今、マイケル関連イベントやメディアで一番露出度が高いパフォーマー集団。ブリトニー・スピアーズも登場させて、スピーディーな展開で楽しませます。

DJのプレイによるダンス・タイム。これがメイン・イベントです。ダンパだから当たり前ですが。
超満員の参加者から、ステージ上にはマイケルのパフォーマンスを完コピする人たちであふれます。この一体感がすごいのです。

当然、僕もステージの上にいてしまうのですが・・・

マイケル・ジャクソンのダンス・パーティならではの光景です。
こうして、あの時、あの時のパフォーマンスを再現しみんなで共有する時、マイケル・ジャクソンのファンである事をとても誇らしく思います。

全てマイケル・ジャクソン、ジャクソン5、ジャクソンズで4時間半、ほとんど同じ曲は流れません。
マイケルが残した膨大な資産に、どっぷりと浸かるのです。

終わりを惜しみつつ、"Will You Be There"、"Man In The Mirror"、"Heal The World"の大合唱。本当に、会場が一つになります。

最後は、特大ポスターの抽選会と記念撮影。

終わってみれば来場者はなんと800人以上!同会場イベントにおける最高動員記録だそうです。
bj
会場の写真がなくて、この熱気が伝えられません。残念。


今年の夏が終わった。

この日照りつけた太陽は、次の日は冷たい雨に変わり、今は秋風が吹いています。

マイケル・ジャクソンがくれたもの。これから僕がなすべきこと。

しっかりと受け止め、感じながら、歩いてゆきたい。


昨日9月4日、マイケル・ジャクソンはロスのフォレストローン・メモリアルパークに埋葬されました。

たくさんの夢を、ありがとう、マイケル。Forever!

JUGEMテーマ:日記・一般

マイケル・ジャクソン 生誕51年祭(1) 「100人でスリラー」 2009年8月29日

8月29日はマイケル・ジャクソンの生誕日。

メモリアルとなる2つのイベントに参加してきました。

午前中は、100人以上でスリラーを踊るという企画。
詳しくは触れることができませんが、とあるTV番組の収録です。

セブ島の囚人によるスリラー群舞、全世界で3千万回以上視聴されています。

モチーフとなっているのは、こんなYouTubeの投稿映像のわけですが、

炎天下の中、延々3時間。
渋谷のど真ん中(?)に100人以上集まってのスリラー群舞は圧巻でした。


自分自身としては、やはり「スリラー」という作品にはとても深い思い入れがあります。
だから、「マイケル・ジャクソンの曲で一番好きな曲は?」
と聞かれると、なんの恥もてらいもなく「スリラー」と答えています。

25年前、'83年の冬、高校2年生の時。
アルバム「スリラー」も1年間、毎日聴いていれば、さすがに飽きてこようというものでしたが、

「ベストヒットUSA」で本邦初公開の時には、ワックワクでTVの前にいました。

映画館を出るシーンで、イントロのベース・リフが響くと、
聞き飽きたはずの音が、まるで初めて出会ったかのように、耳に突き刺さってきました。

2転3転のストーリー展開に。
スーパースターのマイケルが、あんな風貌になってしまう事に。
今までに見たことのない大勢のダンス・パフォーマンスを見せる事に。
マイケル・ジャクソンは、ダンスのプロではないのに、半端ないダンスを見せる事に。

スリラーのショートフィルムは、僕が触れたエンタテインメントの中で、一番衝撃と興奮を覚えました。

マイケル・ジャクソンは、そんなスケールで音楽を捉えていたのだと。


「群舞」は、マイケル・ジャクソンが残した、象徴的な社会現象です。


これを世界中の人たちで踊り、生誕を祝うという事は、とても意義のある事だと思っています。


ストックホルム"今夜はビートイット”のゲリラパフォーマンス


聖誕祭といわず、こんなフェスティバル&カーニバルには、法規に則り1年中参加したいですね。


マイケル・ジャクソンへの伝言(メッセージ)

今日、7月13日は、「This Is It」ロンドン・O2アリーナ・ライブ初日。

新聞の見出しは「マイケル・ジャクソン、奇跡の大復活!」

のはずでした・・・


昨日、あるメディアのインタビューを通じて、僕はマイケルにメッセージを贈りました。


bj
もうすぐ、また会える事を楽しみにしていたのに、突然のお別れとなってしまって・・・

でも、史上最高のエンターテイナーとして達成されたあなたが、

この先は、みんなの想像の中でベスト・パフォーマンスを続けるんだよ、

とおっしゃっているものと受け止めています。
bow
高校生の時、"Thriller"のショートフィルムに強烈な衝撃を受けて、

必死に覚えたら学校で大ウケした。今までの自分にないパワーをいただいた気がしました。

(これをきっかけに、僕はエンターテイナーを目指したのでした。)

"Man In The Mirror"、"Black Or White"、"Heal The World"・・・・・

数え切れないくらい、あなたの歌に助けられました。

あなたがくれたパワーやメッセージは、永遠に色あせる事なく、僕の体と心に残り続けるし、

これからも多くの人達に感動を与え続ける事でしょう。
ymf
最後まで、世界中の人々をびっくりさせて、

最後まで、『マイケル・ジャクソン』だったと思います。

同じ時代を生きて、応援できた事を、心から誇りに思っています。

たくさんの夢を・・・ありがとう、マイケル。

I love you!


JUGEMテーマ:音楽
 

マイケル・ジャクソンは、やっぱりスリラーだ。

rh4
もうすぐ会える!

ロンドン行きが目前に迫ったテンションも手伝って、「あの日」直前の明け方3時まで、
僕は親友と、馬鹿話で盛り上がっていた。

追悼集会で顔を合わすと、間の悪い話だったねと、2人で苦すぎる苦笑い。
しばしの会話の途中、親友はふと、こんな事を言った。

「これ以上ないタイミングだと言ってる人がいて・・・」

その瞬間、僕は、

「ヤラレタ!!」

と、心の中で叫んでいた。
物陰に半分隠れて、いたずらな笑顔を浮かべるマイケルが見えた。

rh3
"Earth Song"のように、荒廃した地球を、再びマイケルのパワーが包み始めています。
新しいファンを生み、全世界に空前のカタログ(旧作)セールスを記録しはじめています。

ニューアルバムが、出番を待っています。
数本は、ショートフィルムまで仕上がっている事でしょう。
これは、「死」というプロモーションを得て、
スリラーを上回る、とんでもない記録を立てるのではないでしょうか。

そして、

最後のリハーサル風景を見て、静止画像から滲み出る、そのクオリティの高さに絶句しました。
今でもYouTubeなどで、ネバーランドでの"Dangerous tour"リハーサル映像が見れます。
最初はこの位の完成度かなと思っていました。
スピルバーグとルーカスが手を加えて、完全な映像にしてくれるのだろうと期待していました。
しかし、漏れ伝わるそのパフォーマンスや演出内容を聞いても、
そのままで十分、想像を絶するプロダクションである事が間違いないのです。

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それでもマイケルは、「もう、これじゃ〜普通じゃん、スリラー以下になっちゃうよ」と思ったのだろうか。

最後の作品にファンタジーを添えると、昇華して神になった。

そう思えて、仕方がないのです。

日に日に、彼のパワーを、ビシビシと感じるようになってきています。今まで以上に。

差別に打ち克ち、「スリラー」のプレッシャーを跳ね除け、
平和への思いから、人種も性別も年齢もない、この世に類ない容姿に変態した。
ついてゆけない人々から誹謗中傷を受け、不当な力に抗いながら残した足跡。
人間業でなさを再び認識させます。あまりにすごすぎる。

rh6

そして今、すでに至上空前のエンターテインメントが始まっています。

これからリリースされるアルバム、ショート・フィルムそしてライブは最高の作品となり、
その後もイマジネーションを伴って、マイケルは永遠に生き続けるでしょう。

本当に、途轍もない方と出会えたと思っています。

"Michael Jackson is Thriller!"

JUGEMテーマ:日記・一般
 

マイケル・ジャクソン 追悼集会 at 代々木公園 09年6月27日

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今回のロンドン・ライブ発表後も、相も変わらず、マイケルの周りにはガセ情報が錯綜した。
でも、この日の朝は、ちょっと違った。
ゴシップ慣れしたMJウォッチャーの友人のトーンで、重大さが瞬時に伝わると、

全身の血管が凍った。

いつもどおり朝の準備をした。
一部の報道が、断定的な発表に変わったが、普段どおり行動した。
10時30分に公式発表がある。これが最後の審判だと思い、僕は家を出た。

そして

仕事場に着いた10時前、ラジオから最初に耳に入ってきた音は"今夜はBeat It"のゴーン、ゴーンというイントロとともに「ご冥福をお祈りします」というナビゲーターのコメントだった。

冷たい血が、体中を駆け巡った。

マイケル・ジャクソンが、死んだ。
僕の人生に、一番影響をくれたスーパースターが、いなくなってしまった。

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翌日、代々木公園で行われたマイケル・ファンの追悼集会に行きました。

会場にたどり着くと、100人ほどの人垣の中心では、マイケルの遺影を持って号泣する人が、
報道陣のカメラに一斉に囲まれていました。

マイケルの遺志を継承しようという親友のメッセージとともに、
"Heal The World"
"Man In The Mirror"
"We Are The World"
などが、大合唱されました。

キャンドルがともる頃には、300人ほどが列をなしました。

マイケル・パフォーマーが自然と集まり、
"Thriller"
"Beat It"
"Smooth Criminal"
"Dangerous"
などを群舞しました。僕も参加しました。
僕の出来るマイケルへの一番の恩返しは、こういう事なのだろうと思いました。

黙とうを捧げ、マイケル・コールをした後、追悼集会は解散となりました。

マイケルを支えるコアなファン仲間と深い悲しみを分け合いました。
とはいえ、マイケルが死んだ事を、僕はまだ半分信じられていません。
マイケルは、今までもありえない事をして来たので、生き返るというパフォーマンスをするのではないかとすら、本気で期待してしまっています。

しょうもないですね。

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計算づくしの無垢の笑顔。あなたは本当に、世界一ずるい人だ。

今回だって、夢のようなごちそう話を用意してくれたかと思ったら、
"Remember The Time"のように、
飛び切りいたずらな笑顔だけ残して、突然消えてしまった。

でも、僕は知っている。
世界中がひっくり返るような"Smooth Criminal"を既に仕掛け終わっている事を。

マイケルの歴史は続く。さよならは、まだ言えない。

JUGEMテーマ:日記・一般


クインシー・ジョーンズ と マイケル・ジャクソン -3-

クインシー・ジョーンズとマイケル・ジャクソン -2- からの続きです。

アルバム「スリラー」の仕事を終えて、クインシーは、アルバム「BAD」までの間も"ETストーリーブック"、”ウィ・アー・ザ・ワールド"、"カラー・パープル"と歴史的なプロジェクトをこなしてゆきました。

さて、82年の「スリラー」から87年の「BAD」までの間には5年の歳月が流れた訳ですが、その間、何があったかを思い浮かべますと・・・

ニュー・エディション"Cool It Now"

「スリラー」発売の翌83年に、ジャクソン5の再来といわれたニュー・エディションがデビュー(デビュー曲の"Candy Girl"は、もろ"ABC"です)、本当に全員素質があり、新しいスターの誕生を予感しました。
そして「BAD」発売の前年の86年には、ジャネット・ジャクソンの3枚目のアルバム「コントロール」が、プリンス一派だったジャム&ルイスのプロデュースの下でついに大ブレイクしました。

ジャネット・ジャクソン"When I Think Of You

音楽シーンも大きく様変わりしました。楽器と録音技術は完全にデジタル中心となり、ベースやドラムの音などは、スタジオ・プレイではなくシンセサイザーの事前プログラミングによって作られる事が多くなりました。

ダンス音楽の主流もメロディアスなソウル・ミュージックから電子音中心のユーロビートとか、ハウス・ミュージックに変わってゆきました。日本は高度成長期からバブルに突入し、マハラジャのようなゴージャスなディスコがどんどん作られてゆきました。

そんな背景で「BAD」はリリースされた訳ですが、

マイケル・ジャクソン”BAD"
ジェフリー・ダニエルズにポップン・タコ・・・バックダンサーにも、魅せられました。

時代は流れて、アルバム「BAD」も前2作から大きく音楽性が変わりました。
マイケル自身の作曲が11曲中9曲(オフザ3曲⇒スリラー4曲)となり、ロッド・テンパートン(オフザ3曲⇒スリラー3曲)の名前が完全にクレジットから消えました。
クインシー独特の、色気のある音色はほとんど姿を消し、ストレートに体に伝わるデジタル・サウンドが中心になりました。また、ほぼすべてのシングルに、"スリラー"タイプのショートフィルムが標準装備となりました。アルバムセールスはスリラーに及ばないものの、全米ポップチャート1位を5曲が獲得する快挙を成し遂げた要因に、シングル・カットの都度、世界の注目を集めるショートフィルムの威力は大きかったと思います。

「BAD」の音楽性は、クインシーというよりはマイケル・ジャクソンが生み出した世界観であり、「キング・オブ・ポップ」の称号のベースだったと思います。

ここで、クインシー・ジョーンズとマイケル・ジャクソンの蜜月時代は終わりな訳で、色々の意見を耳にしますが、僕は明らかに発展的解消であったと思っています。
前人未踏の金字塔を樹立して、数字の記録に負けない価値を創造する為には、これ以上続ける事は互いの為にならなかったと思います。

89年、クインシーは当時の活動の集大成的作品である「バック・オン・ザ・ブロック」を発表しました。
ネイティブなアフリカン・サウンドからジャズ、ゴスペル、R&B、ヒップホップといった古今東西の黒人音楽をブレンドしたそのサウンドは、まさに驚愕でした。

初めて聴いた時には、オープニングのクインシーと息子のQD靴離薀奪廚入る幻想的なジングルに、違う世界に連れて行かれるような期待感であふれました。

このサウンドのスパイスとしてクインシーが目をつけ、表舞台に復活させたオールドスクール・ラッパーたち、グランドマスター・メリー・メル、アイスT、クール・モー・ディー、ビッグ・ダディ・ケイン。

"Back On The Block"

ジャズ界の盟友、レイ・チャールズ、マイルス・ディヴィス、ハービー・ハンコック、サラ・ヴォーン、エラ・フィッツジェラルド。

"I'll Be Good To You"feat.レイ・チャールズ&チャカ・カーン

過去プロデュースしたR&Bアーティスト、バリー・ホワイト、ジョージ・ベンソン、ブラザーズ・ジョンソン、チャカ・カーン。

"The Secret Garden"feat.バリー・ホワイト

新旧秘蔵っ子、アル・ジャロウ、ジェイムズ・イングラム、サイーダ・ギャレット、TAKE6、そして当時13歳のテヴィン・キャンベル。

"Tomorrow"feat.テヴィン・キャンベル
クインシーは、この少年に次代のマイケルを見たといいます。

これらのアーティストが分け隔てなく、またあらゆるユニットで繰り広げる音楽は、クインシーにしか出来ない、ブラック・ミュージックの要素全てを使ったアンサンブルでした。

「バック・オン・ザ・ブロック」発売の前年の88年、Guy(ガイ)というグループが誕生しました。
その音楽性には"Back On The Block"に共通したものが感じられました。
彼らの跳ねるように軽快なR&Bサウンドはたちまちクラブシーンで大流行しました。

Guy"Groove Me"

このムーヴメントは、のちにニュー・ジャック・スウィングと呼ばれます。

<続く>

JUGEMテーマ:音楽

TOTO と マイケル・ジャクソン -2-


TOTOにとって30年の歴史で、全米チャート1位を獲得したのは"Africa"1曲("Rosanna"は5週連続2位と不運)で、ホール&オーツやポリスなどと比べれば記録的には見劣りするところがあります。

"99"

それでも、TOTOはエレキギターと鍵盤系(ピアノ、キーボード、シンセサイザー等)の調和、そしてホーンセクション、パーカッションに至るまでの繊細な音作りでロックの概念を根底から覆し、"サタデー・ナイト・フィーバー"(77年)から続いたディスコ・ミュージック主導から、再びロックに引き戻したという事で、80年代の音楽シーンに多大な影響を与えたと思います。

また、メジャー・デビューした後も、セッションやレコーディングに引っ張りだこで、あらゆるジャンルのアーティストのサポートをしました。シカゴ、ホール&オーツ、エルトン・ジョン、ジャクソン・ブラウン、アース、ウィンド&ファイヤー、ライオネル・リッチー、チャカ・カーン、ダイアナ・ロス、ハービー・ハンコック、そしてクインシー・ジョーンズそしてマイケル・ジャクソン。もう本当に、半端ではありません。
ちなみに、小田和正さんや河合奈保子さん(!)など、多くの日本人アーティストにも関与しています。

ライバルにも自らの腕前を提供し、音楽シーンの屋台骨を支え、影響を与えていったのですね。

マイケル・ジャクソンの「オフ・ザ・ウォール」には、スティーブ・ポーカロが、"ガールフレンド"と"それが恋だから(It's The Falling In Love)"の2曲でシンセサイザーを演奏し、また、ここでの共演が縁でTOTOの最終メンバーに入ったグレッグ・フィリンゲインズ(Key)は、その後「BAD」に至るまでほとんど全曲に関与しています。

「スリラー」では、これに加えデビッド・ペイチ、ジェフ・ポーカロ、スティーヴ・ルカサーも参加し、ほとんど総出状態で関与しています。ちなみに"今夜はビートイット"のギターソロは、エディ・ヴァン・ヘイレンがプレイしましたが、それ以外のリードギターはスティーヴ・ルカサーです。ルークも、ギタリストの間ではヴァン・ヘイレンに負けない位リスペクトされているプレイヤーなので、これは夢の共演だったと聞きます。"ヒューマン・ネイチャー”はスティーヴ・ポーカロの作品で、演奏がTOTOで、視点を変えれば、ほとんどTOTOのリードヴォーカルがマイケル・ジャクソンみたいな状態で、これまた夢のようなカップリングだったのです。

それにしても、自らの活動があるのに、何でこれだけのアーティストをサポート出来るのでしょうか?
TOTOのメンバーは、ほとんど、レコーディングを一発録音で完了してしまうほど精密な演奏能力だったのだそうです。それだけではないと思いますが、とにかく信じられない仕事人集団だったのですね。

「スリラー」においては、9曲を選び出す為に、600曲のスコアが作られた訳ですが、片っ端からデモに仕上げたりアレンジしたりするのに、彼らのスピードとスキルが必要だったのだと思います。

92年にはバンドの支柱的存在であったジェフ・ポーカロが自宅で殺虫剤散布中に中毒死するというショッキングな出来事がありました。時代は移り、音楽シーンは変わりましたが、TOTOはその後も変わらず、エレガントなロックを奏で続けました。06年の「フォーリング・イン・ビトウィーン」というアルバムまで、比較的コンスタントに活動を続け、そして今年08年、結成のきっかけとなったボズ・スキャッグスとの共同ライブで幕を閉じました。

寂しいですが、TOTOという1つのバンドとしては、天命を全うしたのかなと思います。


 
JUGEMテーマ:音楽



TOTO と マイケル・ジャクソン -1-


Sony Music Direct
¥ 1,606
(2005-12-21)
 TOTOは80年代に活躍したロックバンドです。マイケル・ジャクソンのアルバム「オフ・ザ・ウォール」、「スリラー」、「BAD」のバック・ミュージシャンとして多くのメンバーが関わりました。

シカゴ。ジャーニー。ホール&オーツ。フォリナー。スティクス。エイジア。エアサプライ・・・

80年代前半の音楽シーンを振り返ると、ポップなサウンドのロックバンドが全盛で、ビルボード・チャートの上位をにぎわせていましたが、当時のロックの音楽性に大きく影響を与えていたのがTOTOだったと思います。

僕がTOTOを知ったのは中学生時代、"Goodbye Ellenoa"という曲(ラジオで「ハローTOTO、グッバイ・エレノワ」とこの曲のCMをやっていたのが何故か頭に残った)ですが、魅きつけて離さなかったのは、やはり、次のアルバムから出たこの曲です。


僕は小さい頃からロックを本気で好きになれなくて、なんかストレートに感情出しちゃって、拳を振りながら頭とかひたすら振っちゃって、恥ずかしいなあと思っていました。何よりエレキギターの音が主である音楽がダメでした(高中正義とかはOKなんですが)。そんな中TOTOの曲を聴いて、こんなエレガントなロックがあったのかと、衝撃的でした。

そししてその衝撃は、この曲で極まりました。


何で白人のロックバンドが、アース、ウィンド&ファイヤーみたいな世界観を奏でられるのでしょうか・・・

その年、「TOTO�〜聖なる剣」はグラミー賞で7部門を制覇しました。

TOTOは、ボズ・スキャッグスの76年のアルバム「シルク・ディグリーズ」のバックとして集まったミュージシャンが、それをきっかけに結成したバンドで、ディヴィッド・ペイチ(Key,Vo)、ジェフ・ポーカロ(Ds)、スティーヴ・ルカサー(G,Vo)、スティーヴ・ポーカロ(Key,Vo)、ディヴィッド・ハンゲイト(B,G)、ボビー・キンポール(Vo)の6人がオリジナル・メンバーです。ペイチとポーカロ兄弟の父親はともにジャズ・ミュージシャンで顔なじみでもありました("Africa"のパーカッションはポーカロ兄弟の父ジョーが演奏)。

メンバーは、ボズ以外にもおのおのスティーリー・ダン、ドゥービー・ブラザーズ、バーブラ・ストライサンド、フォリナー、オリヴィア・ニュートンジョン、ポインター・シスターズなどのツアーやレコーディングに関わっていた超一流のミュージシャンです。レアル・マドリッドみたいなバンドが、このTOTOなのです。

普通、こういうバックグラウンドの人達が集まれば、かなりの確率でうまく行かないのですが、このバンドは、とてもチームワークがよかったと思います。

メンバーチェンジはありながら、約30年間を駆け抜け、そして今年2008年7月23日、TOTOは正式に解散しました。

<つづく>

JUGEMテーマ:音楽

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